●田出井山古墳(反正天皇陵)(前方後円墳/全長148m/時期:5世紀中頃)
反正陵で正しいかは専門家にお任せとするとしても、堺市内ではほとんど考古学的な呼び方ではなく
天皇陵としての表記しかないところにすこし驚きました。
ただしこれだけ天皇陵候補が並んでいるとそうなっちゃうって感じですかね。
なぜならそもそも陵墓に解説が必要ではないから。
ということで他の地域の場合は、古墳解説が大体あって、それ見ながら回るのですが百舌鳥古墳群の場合はさすがというか、解説は陪塚だけなので陪塚をしっかり見ていきたいです。
仁徳陵が486m、磐之媛陵と言われている奈良にあるヒシアゲ古墳が219mであり、反正陵はそれに比べると規模が小さいです。
とはいうものの148mの古墳。
堺東駅から迷わず到着できました。
古墳の周りの住宅地は、区画整理ができないのか?すごく細く入り組んでいてかなり昔の地形が残っている感じです。
天皇陵なので前まで行っても門しか撮影はできません(苦笑)。
さらに住宅に囲まれていてほかの角度もチェックは難しく次へ向かいました。
●鈴山古墳(方墳/一辺16m/時期:5世紀後半)
時間の制約で陪塚はチェックしなくてもよいかなと思っていたのですが、陪塚の解説に反正陵の
解説も入っていて反正陵よりもしっかりチェックしてしまいました(笑)。