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『天皇はなぜ生き残ったか』本郷和人著

『天皇はなぜ生き残ったか』本郷和人著 新潮新書2009年

著者の本郷和人氏は、昨年の大河ドラマ平清盛」の時代考証担当として"有名"になった方です。"有名"部分の内容は、天皇家の呼称の問題。
  ※1年前なので記憶に新しいと思いますが、一言で言うと、
   平清盛の時代は天皇家、皇室という言葉使われておらず、
   当時は天皇=「王」だったという解釈が
採用されているが、
   ホントにホント?と問題となった出来事です。

今回の自分のblogはこの問題についてではなく、純粋に本郷先生の著書について。
この1冊は歴史と現代を繋げる気づきがあった大変重いものでした。元々は、考古学の延長で軽く天皇系譜を振り返っておこうかな程度で手にしたのですが、その中身は、歴史、法、政治、マネジメント、どの視点で読んでも面白い!

一貫したテーマは 「当為」と「実情」
「当為」と「実情」からのアプローチの確からしさを示すためのテーマが”たまたま”天皇であったと言っても言い過ぎではないくらい、全編に流れています。
では「当為」と「実情」とは何か?
 ・「当為」・・・簡単に言うと、通常○○○○○すべし、と表現される判断のこと
 ・「実情」・・・実際の状況のこと
著書では一般的な歴史考察は、「当為」に沿った「実情」があることを前提として論考されるが、実は「当為」と「実情」を分離してアプローチすることにより新しい視点が見えてくるのではないかという仮説。
本郷氏は、著書の中で、
 ・律令国家での事例
 ・院政での事例
 ・鎌倉幕府での事例
 ・南北朝時代での事例
を展開していきますが、非常に斬新でいろんな場面でそのアプローチ方法を試してみたくなります。自分は、現代の自分自身の周辺での適用に興味が出てきました。

ex. Q.現代のマネジメントにおけるリアルな「当為」と「実情」とは?
例えば、企業経営上、方針・戦略から展開されたルールが敷設されて、社員は守ろうとするけれど、ときどき守れなくて破ってしまう。その不適合は、真因分析によりインシデントのレベルなり、不適合のパターンで分類され対策要否ジャッジの上、次の行動へと移っていく。そして、是正処置を完了させて次期レヴューで対策の有効性を確認して、企業としての成長を評価という具合。これがごくごく普通のマネジメントシステムの考え方。

これは「当為」から考えてとにかく、
「当為」=「実情」にしなければならないという考え方と言えるでしょう。
それは、できればそれに越したことはないけれど、これだけがベスト?
実際は「実情」優先で、本来はすべきなんだがやむを得ずということはないか?
そしてやむを得ずの繰り返しが、いつのまにか未承認のルール作ってしまうとか。
ISO的には問題外だが、それすら容認したマネジメント手法がありえる?
おそらく認識せずに、このようなタイプの意思決定が混ざっていてそれが機能している場合と機能していない場合があるように思うが、「当為」と「実情」的アプローチをしていないので気づいていない。

自分自身が、スタイルとしてまず「当為」⇒そして「当為」=「実情」を重視する半面、日常的に実際には「実情」から「当為」を軽視してでも問題解決するスタイルも体感していて、この点を再整理するにあたり「当為」と「実情」という考え方に影響を受けました。続きは会社で考えます。

歴史に接する醍醐味は、このような刺激も1つと思いますので備忘の意味でメモblog記載。